目に見えること

いま、
あなたの目の前のその人が
簡単にこなしているように見えていること
それは実のところ
その人が長時間かけて、
血の汗と涙を流しながら(古っ!)
やっと身に付けたものなのです
 
努力と決意と覚悟があっての姿です
そのために何かを失ったり、
犠牲を払ったりもしています
 

 

IMG_3454[1]

たとえば思い浮かべてみて!
案内状やレジュメを作ったり
人前に立って司会や講演をしたり
道行く人に、アンケート用紙や粗品を配ったり
街角で、歌や似顔絵を披露したり
している方々の姿を
 
そうできるようになるまでの過程に
あなたは
目を向けたことがりますか?
思いを馳せたことがありますか?
 
「わたしはあなたみたいな才能はないから」
と、努力もしないで丸投げしたり
「ボランティアでやってよ」とか
平気で依頼して来たり
「友達やんか!」と
値切ってきたり・・・
「ええ加減に現実を見ろよ!」
って怒りに思える暴言を浴びせたり・・・
 
「えっ?それって何?」
 
↑のような言葉を投げかける人は
自分で自分の評価を下げたり、
決めつけていたり
自分の値打ちを自分で低く設定することで
相手を都合よく使おうとしていると思われるよ!
 
「そんなことない・・・」
「そんなつもりはない・・・」
との反論もあるかもしれませんね
でも
言われる方の立場としては
自分のことを理解してはくれないのだ・・・と
悲しくなります
情けないです
寂しさに襲われます
 
 
全くかかわる必要のない相手であれば
BGMのように聞き流せばいいので
心の傷はまだましでしょうけれど、
同じ職場で、
同じお給料で、
同じ待遇で働くものだとしたら・・・
 
お給料は労働の対価
できる人ができる分だけ頂戴できるシステムでない以上
せめて
初めから「無理!」なんて
子どもみたいな言い方はやめよう
覚悟を決めて、責任を以て取り組もうよ!
 
同じ空間で生活している家族だったとしたら・・・
生きているのでさえ嫌になってしまうかもしれない
 
 
<才能って>
自分の可能性をひたすら信じ
明日の自分をあきらめないで努力し続ける
そんな力だと思うの
 
才能は
天は等しく誰にでも与えている
気が付かないで投げ出しているのは
誰でもない自分自身だということ・・・
 
才能を
天が与えたものかもしれないけれど
だからと言って
はじめから日の目を見ることもない・・・
 
芽が出るか
花が咲くか
実がなるか
何の保証もない
 
自分の思い(天命だと感じる心)を
持ち続けられるかどうかで変わるし、
精一杯努力した!という実感が自分の中にあれば
実を結ばなくとも十分に幸せを感じられると思う
(まだわたしは途中なので、言いきれないですが)
 
 
「夢ばっかり見てやんと現実を見ろ!」
「お前にそんな才能なんかあるか!」
「偉そうに」などの
批判や非難、やっかみの声に耐えながら
顔で笑って心で泣いて(これも古!)
自分を奮い立たせている
そんな「ひと」をあたたかい目で応援しようよ!
 
そんな世の中でないと
夢も希望も持てないよ!
自分の夢を誰かに託す・・・というのも
一つの夢の叶え方には違いない
(ただ、嫌がる相手に背負わすことではない)
 
 
心がすっきりと晴れ
表情が明るくなると周りの空気が穏やかになる
そうなって初めて安心感が得られる
 
 
 
脳ダイエットのテキストを復習しながら
そんなことを思って涙が出てきました・・・
 
 
長くなってしまいました・・・

 

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です