生きる

【どんぐりさんの七転び八起き】
~ペットロスと生死観~
愛犬のドール姫が無くなってから
13日で2か月になります。
まだ2か月しか経っていないのに
もうずいぶん前のような気もします。
 
思い出すたびに、
まだまだ胸が苦しくなって、涙腺が緩みます。
そうすると鼻水がでます・・・(笑)
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大切な人や物の存在がこの世から無くなることが
どんなに寂しいことなのかがひしひしと感じられます。
 
行く川の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず・・・とか
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す・・・とか
なぜか古文が頭をよぎる・・・
 
 
「生きとし生けるものは」必ず死を迎えます。
「死」というものは避けては通れません。
「死」は誰にでも平等に訪れます。
それは疑いようもない事実です。
「死」があるからこそ「生」が光を得るとも思います。
 
「生」の長さは、その人によって違いますよね。
わたしはあと何年生きるでしょうか?
「神のみぞ知る?」っていうことでしょうか?
どうなんでしょうね・・・
まぁどうであれ、
今自分が自分を生きていさえすれば
「それはそれでいい」と思うのです。
 
わたしの周りにも、
大病を抱えて日々生活されている方が何人かいます
 
「なぜ、自分はこんな体に生まれたの?
「なにが悪かったの?」
「いつ死んでしまうの?」
「わたしが死んだらこの子はどうなるの?」
「子どもにも影響(遺伝)するの?」
 
不安な心を表現できないまま
平静を装って生活しています。
 
「病気のこと話したら、相手に気を使わせるから・・・」と
思いやりの気持ち一杯で
自分の辛さや悲しさ、寂しさを押し殺しています。
 
「言っていいよ!ホントのことなんだから」
「受け留める側がどう受け取るか、受け取ってどうするか
 それは相手が考えることだからね」
 
自分の思いを正直に言えないわけは・・・
「思いやり」の気持ちのかげに隠れている
本人も気づかない「気持ち」があるの。
その一つが「不信感」
平たく言えば「相手を丸ごと信用できていない」
もう一つは「保身」
自分と相手の今の状態(関係)を失いたくない
ということなの・・・
 
心って複雑よね・・・
目に見えることだけで、
人を判断する基準にしているとしたら
人間関係は残念なことになる・・・
人はいつか死ぬ
明日かもしれないし、今日かもしれない
生き続けている保証は何もない
だからわたしはね、「生きる」ことに貪欲
自分がこの世に存在している間に
「やりたいこと」と「できること」をやっていく
 
死に際は「ばあちゃん、生ききったよね!」て
まわりの家族や仲間が笑顔になれるようにしたい!
生きざまを見せ、逝きざまもしっかりと見せる
 
45才がターニングポイントだったな!
で、53歳の今の毎日「充実」
後悔はないよ!今v^^

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